はじまりは、父の背中。

昭和49年に生まれた堀上博之は、高度経済成長の余韻と、昭和60年代の文化が成熟していく時代に育ちました。

当時の香川県は、知事・金子氏のもとで文化芸術の発展が進み、丹下健三氏設計の県庁舎や舟形の県立体育館など、数々の象徴的な建築が誕生し、芸術家・猪熊弦一郎氏をはじめ、多くの建築家や作家が活躍し、戦後の香川は建築・芸術・家具製作が一斉に花開いた土地でした。

そんな創造の空気の中で、堀上の父は商業空間や店舗デザインに携わり、「場の空気をつくる」仕事を通して時代を駆け抜けました。現場の匂い、木や石の手触り、人が集まり笑顔が生まれる空間。父と共にさまざまな感性に触れた堀上、その中でも特に印象的だったのは父と訪れたデザイン会社社長の家に見た、スペイン風の壁、無垢の床、石やガラスの質感——“本物”の素材が放つ美しさでした。
その原体験こそが、堀上の中に今なお息づく意匠の原点であり、「本物の美しさは、人の感性と自然の調和から生まれる」という信念のはじまりでした。

修行と葛藤の時代。

やがて、商業建築の流行が移り変わり、「デザインがビジネス化された時代」が訪れました。職人たちの手仕事よりも効率やコストが優先され、現場にも少しずつひずみが生まれてはじめました。そんな中でも堀上博之は、多くの職方に支えられ、掃除・大工・電気・解体──あらゆる現場で汗を流し、職人たちの技と誇りを肌で学んでいき、その経験は、今でも彼の中で何ものにも代えがたい財産となったといいます。

一方で、時代の流れに疑問を抱く日々が続きました。「“安価な素材で最低条件を満たす”だけの空間づくりに、心が動かない」。だからこそ、堀上は海へ向かいました。波や風に身を委ね、素材や光、空気のバランスを見つめ続ける、自然のリズムの中で「美とは何か」「空間とは何か」「バランスとは何か」を感じ取ろうとした堀上が導き出した一つの答え——「自然は人の思惑通りには動かない。ただ、そこには抗えないほどの美しさがある。」

設計、現場、職人仕事──

すべての立場を経験する中で培われたのは、図面だけに頼らない現場感覚、人の動きや感情を読む力、そして“本物だけを残す”という審美眼でした。「枠にはまらないこと。可能性を失わないこと。自然と密接にかかわること。」堀上が大切にしているこの想いは、変化の時代を超えて、今も彼のデザインの中に静かに息づいています。

意匠計画Horigamiとしての覚悟

「中途半端にはやらない。空間づくりで、生きていく。」それが、堀上博之の原点であり、意匠計画Horigamiの精神です。

父から受け継いだ感覚と、自らの経験・思想を融合させ、設計・施工・インテリア・家具を分断しない一貫した空間づくりを追求してきました。一つの世界観として空間を完成させるそのスタイルは、次第に多くの人々の共感を呼び、住宅・店舗を問わず高い評価を得ています。

私たちがつくる家は、「バランスと美しさ」を軸に、心地よく使いやすい実用性、安心して暮らせる機能性(断熱・耐震)、年月を経ても美しさを保つ耐久性、そしてその価値を維持するメンテナンス性を兼ね備えています。さらに、素材の選定から職方との関係にいたるまで、持続可能な未来(SDGs)を見据えた誠実な家づくりを大切にしています。

瀬戸内の自然に抱かれながら、光と影、素材の温度、自然との距離感、そして住まう人の人生の流れを丁寧に読み解く。
「最も美しい日常」を形にすること──それが私たちの使命です。

流行を追うためではなく、私たちが目指すのは“あなたの人生に寄り添う空間”です。世の中のイメージではなく、あなたが本当に求めているもの。そこに私たちの思想と技術が響き合うとき、初めて意匠計画の家は完成します。時を重ね、人生とともに呼吸し続ける空間をつくるために。意匠計画Horigamiは、これからも歩みを止めることなく、人と自然、デザインと機能が調和する“本物の空間”を創造し続けます。